This book

読んで良かった本、栄養になった本の記録です。

『詩集 小さな手紙』/銀色夏生

 

詩集 小さな手紙 (角川文庫)

詩集 小さな手紙 (角川文庫)

 

 

最初に挙げる本は何にしようかと考えた時に、「最終的にはいつもここに戻ってくる」本がいいなと思って、これにしました。そういった原点に回帰するような本自体は、多くはないけどいくつかは持っているという人は結構いるんじゃないかと思う。これは私のそれ。

高校生の時、本屋さんの棚でたまたま手に取って、たまたま読んだら離せなくなりました。離れられなくなったと言うのか。買って、心が無になったような状態で、炎天下の公園で延々と読んでいたことを今でも覚えています。今から十数年前の話。

 

銀色夏生さんの本はいくつか読みましたが、この本の世界、空気、色、情感が飛び抜けて素敵。それらは一つひとつの詩から、フォントから、文字の隙間や行間から、紙の余白から、本を持った感触から醸し出されるもので、デジタルでこの本を読んだら全然違うものになるんじゃないかと思います。電子書籍で読んだことないから判らないけれど。紙の本で読むことの魅力をたたえた一冊。

静かで、やわらかく、淡々とした、カラーの世界(モノクロではない)。すぐそばにある(いる)ようで(い)ない、動物で例えるなら犬じゃなくてねこ。遊びで例えるなら鬼ごっこじゃなくてかくれんぼ。決して急がない時間の中に、自由な自分がそこかしこに投影されます。

全部を書き出すと長くなるし、でも一部を抜き出しても前述の「全体から湧き出る良さ」が一層うまく言えないしで難しいですが、心苦しさを抑えて一部を引用すると

 

”頭の上は群青の空 雲は白さを深くして さえわたる冷気” - 「夕すずみ」

”空気は水のように 雲は泉のように 立ちのぼる

気がつくと もうそこになく あとかたもなく さよなら” - 「緑のあいま」

 

最初に読んだのも夏でしたが、この本は季節で例えるなら夏(晩夏)。夏特有の色合いや清涼感、独特の寂寥感が何とも言えません。クーラーの効いた涼しい部屋でゆっくり読むのが似合うと思う。もしくは、一人旅の旅先で。

 

”甘いお菓子を つめたくひやし 車に乗せて 旅に出よう”(中略)

”苦い忠告を つめたくひやし 床にころがして 旅に出よう” (中略)

”否定はしないよ 早くおいでね” - 「旅にでてます」

 

他にも「バカンス」「思い出のあやめ平」「夜行列車の旅」など、旅絡みの詩が多いのも素敵なところ。旅の描写がない詩でも旅を感じる部分が多々あります。私は読書と同じくらい旅行も好きですが、読んで旅をしたような気持ちになれる本は今のところこの本だけで(旅行のガイドブックや雑誌も好きだけど、本当の実感のように旅を「した」気分にはなれない)、最近旅行に行けていない身としては、もっとそういう本に出会いたいなとも思います。旅行に行って本を読めるのが一番最高だけど。

そういえば江國香織さんが著書の中で、本を読んでいる間は本の中の世界にいるので、現実の世界に自分はいないということを仰っていましたが、この本に関しては私もそれが言える。大体何かを読んでいてもふと「あ、あれどうだったっけ」と意識が現実に戻る時があるけど、この本を読んでいる時、私はこの世界のどこにもいません。それを無と言えるのかは解らないけど、それが私にとっての旅で、十数年前、そして十数年来この本に惹かれた魅力の一つはそこにあります。

 

”悲しみなさい あとでむかえにくるから

行きなさい あとで抱きしめてあげるから

まちがったとしても あとで すべてを聞いてあげるから” - 「悲しみなさい」

 

これは、この本を最初に手に取った時に強烈に心に響いた二つの詩のうちの一つ。涙が目にこみ上げた感覚は今でも鮮やかで、何年経っても、何を読んでも、何度何かを経験しても、またこの本に帰ってきます。